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leading a book 006_今年、私の血肉になった本たち(後編)

今年最後の更新。2016年に出会った本を忘れないための備忘録。誰かに届きますように。

4冊目 佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』

 9月に北海道へ行った際に、富良野の宿で見つけた本。思わず手に取りベッドの上で熟読しすぎたため、同部屋の宿泊者からの「明日の予定は決まりましたか?」という質問をシカトしてしまうというハプニングがありました(すみません)。国際霊柩送還士とは、日本国内で死亡した外国人や、日本国外で死亡した日本人の遺体(時によって遺骨)に適切なエンバーミング(遺体処置)を施し、祖国に送り届けることを仕事にする人々のこと。正直、読むことは相当に苦しい類の本でありました。

 就職活動をしていたとき「東京仕事百貨(当時)」のナカムラケンタさんのお話を聞く機会があり、そのときにナカムラさんが「世の中にはこんな生き方や働き方があるんだ、というボキャブラリーを増やすことが大切」とおっしゃっていたことが、今でも脳裏に焼きついています。それ以来、わたしは「多様な仕事があるということを知る」ように努めるようになってゆきました。グローバル化が進み、あたりまえのように人々が国から国へと行き来する時代。それだけに、海外で命を落とす人々の数が増えている事実には決して抗うことはできません。そんな時代に、このような仕事に従事する人々が存在するという事実を知ることは、私たちの義務であるようにも感じています。これを読んでからというもの、海外での凄惨なニュースを耳にした時、必ず彼らのことを考えるようになりました。彼らの仕事と、このノンフィクションを書き上げた著者に敬意を表して。

 

5冊目 井上理津子『最後の色街 飛田』新潮社

 前述の霊柩送還士や納棺士といった死を扱うお仕事と共に、性を扱う仕事には大きな関心があります(「興味がある」という言い方をして失礼ではないのでしょうか。言葉はむずかしいです)。性と死にまつわるお仕事は、私から最もかけ離れたところにあるものだからです。

 飛田という色街を、ほとんどの方がご存知ないでしょうし、このような場所を知らなければならないという義務も正直ないと思います。ただ、私は自分とは決して交わらない人生を生きている他人への関心が人一倍強いのです。なぜ、彼女らはこの特異すぎる土地に住まい、体を売って生きてゆくことを選んだのか、選ばなければならなかったのか。それは、日本という国がいかに多層的な社会を形作っているのかを知ることでもありました。と、同時に「興味本位」にこの街について知ろうとすることが、どれだけ愚かなことなのかも身にしみて感じる読書体験にもなったのです。

 もともと、私がこの街を知るきっかけになったのは京都の大学に通っていた学生時分のことで、当時お世話になっていた方に飛田にある(ただ唯一の本当の)お料理屋さんに行かないかとお誘いを受けたことでした。結局、私が体調を崩してしまいこのお約束はないことになってしまったのですが、今でも大阪という土地に想いを馳せたとき、(それが良いことなのか悪いことなのかはひとまず片隅において)あの明け透けで闊達な「むっちゃおもろい」大阪の裏っかわに、実は墨色のような闇がじっとりと沈殿していることは、いつでも頭をよぎります。

 

6冊目 原田マハ『リーチ先生』集英社

 原田マハさんの「読む美術館」。『楽園のキャンバス』『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』と読んできましたが、私自身が西洋美術のなかの、とりわけ印象派周辺の人々に実はあまり関心がなく、その上しばしば比較されがちなピカソゴッホでいうのなら「ピカソより普通にゴッホが好き」(永野さん)だったので、大きな読書体験に至りませんでした。しかしながら!今回マハさんが描かれたのは陶芸家バーナード・リーチとその仲間たちでありました。これが、私にとって、大好きな、大好きな人たちであったのです。日本の美術史上、最も興味のある場所と分野といっても過言ではありません!柳宗悦民藝運動武者小路実篤志賀直哉といった白樺派との交流、濱田庄司や藤本憲吉、河井寛次郎といった日本の陶芸界の先駆けらとの友情。そして、弟子である森田亀之助との師弟愛。バーナード・リーチの陶芸にかける熱い想いと、師としての確かな優しさ、そして作中での物腰柔らかな語り口。まるで、リーチ先生に実際お会いしたかのような錯覚を覚えさせてくれました。「史実」としてしか知らなかったリーチ先生に、マハさんが命を吹き込んでくれました。

 作中の実在した芸術家とそれに関わる人々を、こんなにも生き生きと描くことができるのは、学芸員であるマハさん自身がアートを愛しているからに他なりません。マハさんの物語は、マハさんにしか描けない。これからも、きっとずっと読み続ける作家さんです。

 

 今年の読書傾向は、いつもとは全く異なる様相を呈しました。印象に残った6冊のうち、3冊はノンフィクション、1冊は自伝、1冊は事実に基づくフィクション。この事実は、何を示しているのかしらと自分の読書傾向を考えてみたとき、

 

事実は小説より奇なり

 

というフィクションの限界に行き着いてしまったのかなという感じがします。私は、実在した人間のドラマに、何より興味があるのだと。

 

同じ時代を生きた人

違う時代に生きた同じ国の人

違う時代に違う場所で生きた人

 

 どんな人でもいいから、実際にその人が存在する(した)という事実は、私をしっかりと鼓舞してくれます。全身全霊をかけて何かを愛したり、人生を賭して何かに挑む人を知ることができるのは、ひとりにつき1回限りの人生の中で、他人の人生をオーバーラップできる読書のこの上ない喜びの一つです。 

 来年は、どんな本が読めるのでしょうか。そして、どんな本をお伝えできるのでしょうか。明日からの一年がとてもとても楽しみです。

 

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