leading a book 006_今年、私の血肉になった本たち(前編)

 昨日が仕事納めでありました。社会人になってからの過去3年間は、年末年始休みなく働いていたので、こんなにも「年の瀬」を強く感じたのは、初めてのことです。さらに、驚くことに今日は2016年になって、初めての「予定のない休日」でした。恐ろしいことです。働き続けた2016年でした。

 結局、お世話になった人へ前日夜な夜な手紙を書いたせいか昼過ぎまで眠り続け、あてもなく本屋さんへ行き(エル・ジャポン最新号が読書特集だったため購入!)、喫茶店をはしごして、今こうして文章を書いています。「喫茶店で文章を書く」というシチュエーションにちょっぴり酔いしれながら(これが原稿なら、格好がつくのですけれど)。

この時期になると、今年の総括と来年の目標と共に「今年、影響を受けた本」について考えることにしています。こちらを前後編として、今年最後の更新とさせていただきます。誰かに届きますように。

1冊目 大崎善生『聖の青春』講談社

 29歳で夭折した天才棋士村山聖の生涯を描いたノンフィクション。村山棋士の存在は、かれこれ5年も6年も前に羽海野チカさんの『3月のライオン』を読んだときから存じ上げていたのだけれど(二階堂坊っちゃまのモデルは村山棋士だからね!)、映画公開にあわせて原作を拝読。彼の生き方は、私の陳腐な言葉の羅列では到底伝えきることができません。こんなにも美しく、気高く生きた人を他に知りません。今年、私に最も影響を与えたのは紛れもなく村山棋士でありました。
 この本を機に、私は将棋世界へとのめりこんでいくことになります。将棋アプリや子ども向けの将棋本を片手にルールを覚え、羽生善治三冠の『直感力』『決断力』『大局観』『迷いながら強くなる』、森内俊之九段の『覆す力』、将棋連盟推薦の『将棋に学ぶ』を熟読。渡辺竜王のブログやひふみん加藤一二三九段)のtwitterをフォローし、橋本崇載八段や佐藤紳哉七段の爆笑動画を何度も見る。最終的に、この間の竜王戦最終局をBGMにしながら仕事をしていた自分に、客観的に少し呆れました。ハマると危険、という自分の「研究者気質」が久しぶりに滲み出てしまいました。今日だって、「祖母と共にプロ棋士の将棋講座に行って思いがけず講師が佐藤紳哉六段で照れ隠れる」という夢を見ましたし、その数日前には「森内俊之九段が襖を少しだけ開けて私を手招きする夢」を見たのです(会いたくて仕方がないのでしょう)。ただ、対局をしたいという気持ちはないのです。私が心から惹かれるのは、「将棋」ではなく「棋士」その人の将棋に対する向き合い方だとか、生き方だから。彼らの人間としての深みから学ぶことは多くありますが、(特に同年代の人々に)伝えきれないことが多く悔しいばかりです。

2冊目 西加奈子『i』ポプラ社

 西加奈子さんの本は、私にとって常に特別です。西さんと同じ時代に生きて「新刊が待ち遠しい」という境遇を得られることは、このうえない喜びです。だけれども、彼女の物語は、ある意味とても読むことが苦しいんです。素手で心臓をぎゅっと鷲掴みにされるから。「それが西加奈子の苦手な理由なのだ」という人の意見も、私は甘んじて受けます。でも、もったいないなと思うのです。あぁ、耐えられないのか。この美しさを、と思い(よくないことだとはわかってはいても)「西さんの物語を理解できるかできないか」で無意識に線引きをしてしまう自分がいます。「人間には2種類いる。西さんの物語を理解できる人と、できない人だ」なんて。よくないことですね。
 西さんの物語は必ずハッピーエンドなのです。私は、本を読んだ直後に感じたこと(読後感)を忘れないようにメモをとるようにしているのですが、今回は「光の渦に飲み込まれるような恍惚感を読後に与えてくれるのは、西さんだけ」と書いていました。本当にその通りだと思います。
 2011年3月11日以来、私はとても苦しみました。日本人のほとんどすべての人が何らかの形で被災するなか、私「だけ」はスウェーデンにいて、何の不自由もなく日々を過ごしていること。「なんで私ではなかったのだろう」という気持ち。世界で起こる事件の死者の数をノートに書き込み続けるアイちゃんの行為は、異常だと思う人がほとんどかもしれないけれど、私にとってはものすごく身に覚えのあることでした。私が毎年3月11日には新聞を数紙買って、あのときの事実を絶対に忘れないようにしていることの意味を、西さんは肯定してくれた気がします。いつかきちんと、ありがとうを伝えなければならない人です。私はそのために今の仕事をしているともいえます。

さかなクン『一魚一会〜毎日夢中な人生〜』講談社 

 何かが大好きだという気持ちは、いかなる他者にも止める権利がない、ということ。こちらは、すでに書評を書かせていただいておりますので興味がありましたらご覧いただけるととても嬉しいです(「お魚と心中する道を選んだ男朝日新聞デジタル)。
 この書評を書いて、アトリエ(絵画教室)に通う大切なお友達がすぐに本を手に取ってくれました。本当に嬉しかった。私が、本に携わる理由って、ただそれだけなんです。自分を救ってくれた、たくさんの本への恩返しは、もしかしたらあなたが自力では辿り着けなかったかもしれない「あなたのための本」を私をはしごにして「あなた」に届けることなのだと、そう思っています。だから、今回は「届いた」という事実がとても嬉しかったのです。自分の大好きな本を紹介できることそれ自体も、とても光栄なことだけれど、それを読んだ誰かの心に何かがポツリと一滴落ちること。生きる上での秘密のエッセンスのような何か。今回は、それがたった一人にでも与えられたなぁという実感がありました。

本当は、1回でまとめきるつもりだったのですが、原稿用紙10枚を超えてしまったので続きは後編に。おやすみなさい。

20161229/age 29.6 shingetsu