leading a book-002 バーバラ・マクリントック『ダニエルのふしぎな絵』

 書店員をしていますが、児童書担当になったのは本当に偶然のことでした。もともと子どもの頃から絵本を読む習慣がなかったので、私にとって「本」とは最初から「活字を読む」ためのものでした。ですので、絵とともに物語を楽しむ絵本というのは、写真集と並び、私にとって最も遠いところにある類の本でした。正直にいえば、苦手ですらありました。たとえ、物語が好きでも、絵が気に入らなければその本がお気に入りになることはないですし、逆もまた然りです。すでに絵があることで、自分の空想を妨げてしまうということもよく思いました。(シュタイナー教育でもそのように考えられているそうです)

 そんな私が、奇しくも児童書の担当となり、毎日それらに囲まれているあいだに、それはもういろいろな絵本に出会いました。あるとき、同僚が「彩ちゃん、これ絶対好きだよ」とお勧めしてくれた1冊の本。それが、バーバラ・マクリントックの『ダニエルのふしぎな絵』でした。

 主人公のダニエルは、絵を描くことが大好きな女の子。でも、彼女は目に見えるものをその通りに描くことが苦手でした。彼女が街へ出て絵を描けば、道いっぱいに大きなピンクのバラの花が咲き乱れ、足の生えた魚やおしゃれ着のカラスやキツネ、ネコやキリンが橋を渡り歩きます。そのまま描くなんてつまらない。だから、もっとこんなふうに…。そんな自分の世界観でいっぱいのダニエルを、写真家であるおとうさんはとても心配しています。

 ある日のこと、おとうさんが高熱で寝込んでしまいます。お金は一週間で底をつき、なんとかおとうさんを助けようとするダニエル。写真を撮ってお金を得ようとしてもうまくいきません。途方にくれてへたりこむダニエルに、とある女性が声をかけ、そこから物語は展開してゆきます。

 『魔女の宅急便』のキキのような、健気な女の子が私は大好きです。ダニエルもまた、キキに負けないくらいとびっきり健気でやさしい女の子。最終的に彼女は、自信をもって自分の創造の世界を生きるようになるのですが、彼女の存在に私は大いに励まされました。しかもダニエルは絵を描くのです。これがダンスをしたり、ピアノを弾いたりではまた違ったのでしょうが、この物語を読んだ瞬間から、私はダニエルになりました。そのくらいに共感して、いつも最後のシーンで胸がいっぱいになります。そして、この美しい物語と、美しい絵を紡ぎ出す著者のバーバラ・マクリントックという人にとても会いたくなったのです。私は、アメリカという国に興味がありませんでしたが、彼女に会いに行けるのであれば、そのときがアメリカに行くときだろうなと思うぐらい、彼女に会ってお礼が言いたかったのです。

 そんなバーバラさんが、日本に来日すると聞いて信じられない気持ちでいっぱいでした。まさか、こういうことが本当にあるのだな、と。人生ではたまにそういうことが起こります。それが、生きている醍醐味みたいなものになっています。

 今日行われたトークショーでは、彼女の創作した絵本の秘密のお話を、たくさん聞くことができました。そして、恒例の質問タイム。バーバラさんに質問をしてみました。「独学で絵を学ばれた聞いたけれど、どうやって勉強したのですか」ということと「どうして画家やイラストレーターではなくて、絵本作家を選んだのですか?」ということです。

 彼女の答えはこうでした。

 絵本作家になろうと思ったのは、自分の描く絵が「物語性のある絵」だったからだということ。ダニエルのように、リアルとファンタジーの世界を行き来するような絵を描くことが好きだということ。絵本作家になろうとしたとき、『かいじゅうたちのいるところ』の著者であるモーリス・センダックに、面識がないにも関わらず、アポなしで電話をかけたこと。センダックは、とても親切な人で、彼から「アートスクールには行かなくていい。自分の創造性が失われてしまうから」と教えてもらったこと。センダックの勧めでアメリカの出版社が集中するニューヨークへ移住をしたこと。ニューヨークの美術館や図書館に通って、あらゆるものをスケッチしたこと。それはとても、忍耐のいる作業であるけれども、プロになれば忍耐力はどんな職業であれ必要になること。

 そして、プロになれなかったとしても、趣味でもいいから「喜びを見つけ出し、自分をきらめかせることを忘れないで」というメッセージをもらいました。

 思い返して、また泣きそうです。今の私に必要なことを、全部教えてくれました。サイン会のときに、そっとお渡ししたいと思って、持参したお手紙と、小さなプレゼント。用意しておいて本当に良かった。

 今日は、そんな日になるだろうという予感があったから、そんなこと無理かもしれないけれど、バーバラさんに絵を見てもらえたらいいなと思って、この日に照準を合わせて、ホームページを作りました。「あなたはイラストレーターなの?」と聞かれて「ちょっとだけね」としか答えられなかった今の私。次があるかはわからないけれども、次があればそのときは自信を持って「はい!」と答えられるように。


http://sajahansen.wixsite.com/tsukimitaini


 ぜひ、ご覧頂ければと思います。まずは、続けてゆくこと。

20161127/age27 sai