leading a book-001 雪

 雪が降った。

 例えば、スウェーデン。肉眼で確認できた雪の結晶に自分にだけ何か特別なことが起こったのかと思うくらいに興奮した。例えば、北海道。雪の降りしきる中、露天風呂に入り、冷たい空気が暖かい水面に触れて「蒸気霧」を作る様子に心奪われた。例えば、津軽津軽鉄道の車窓からいつまでも広がる雪景色をいつまでも眺めていられた。山梨に住んでいた小学生の頃に作った雪だるまも、今年の初頭に降った雪で書店に来た子どもたちが作った雪だるまも、とてもよく覚えている。

 雪は、やっぱり特別だ。雪はいい。雪が作る景色も、静けさも。雪を作る冬という季節もいい。パリッとした凍てつく寒さ。嫌いじゃない。そんなことは、雪国生まれではないから言えるのかもしれない。それにしても、好きだ。

 今年、最も影響を受けた人の1人に、29歳の若さで夭折した天才棋士村山聖(さとし)がいる。彼の話は、年末にきちんと文章にしたいと思っていたのだけれど、すごく素敵な機会だから紹介したい。

 わずか5歳で腎ネフローゼという難病にかかり、入退院を繰り返してきた村山。病床で出会った将棋の魅力に取り憑かれ、17歳で棋士としてプロ入りし、文字通り命を削りながら将棋に打ち込んでゆく。大崎善生『聖の青春』はそんな村山の闘い続けた青春の記録だ。

 村山が20歳になり、生まれて初めて「旅」をしたのは夏の北海道であった。そのさらに4年後に、彼は冬の北海道を訪れる。理由は、「雪が見たかった」からだ。当時の著者との会話が印象的である。

「雪ってすごいですね」
「ああ、また北海道に行ってたんだって」
「はあ」
「そんなに、すごい雪だったの?」
「いえ。あの、すごい雪というのではなくて」
(中略)
「雪は何もかもを、真っ白に消し去ってしまうんですね。それが、すごいな……と」


 喧騒と混沌から一番遠いところにある雪。とても冷たいけれど、そのぶんだけ、ちゃんと優しい。良いも悪いも、酸いも甘いも、すべてに平等に降り注ぐ。そんな雪景色を、人一倍清らかな心で受けとめたのが村山だったのだと思う。

 全編を通して、こんなに穢れのない生き方をした人は、彼以外にいないのではないかと思わされる。人間の魅力とは、こういうことなのではないかと考えさせられる。死ぬ前に、彼という人を知ることができて良かったと思うし、この本は、おそらく一生手元に残しておく本だと思う。そういう本は、一年に一冊、会えるか会えないか。本当は年末にまとめたかったけれど、今言っちゃう。この本が今年のベスト。ナンバーワン。

 今日、東京に降った雪は、みぞれみたいにびちゃびちゃで、地面に落ちた瞬間に水滴となり溶けてしまった。また、北海道が恋しくなる。北海道の雪景色に、わたしも「ああ、本当に雪は何もかもを消し去ってしまうのだなぁ」と、村山棋士の心情を少しでも追体験してみたくなった、そんな一日だった。

20161124/age24 sai