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Just me talking to myself 002

 2014年の「北海道短期留学」は、私の中で大きなターニングポイントになっています。一夏と秋の始まりを北海道の富良野で過ごしたのですけれども、それは本当に、本当に大切な時間でした。

  働きながら過ごした半年間は、休みが週に1度しかなく、私はそれが木曜日なのでした。同じ寮に住んでいるなかにも木曜日休みが何人かいて、その何人かでいろいろなところへ行きました。

 今日は、そんな富良野で出会った素敵な仲間たちと、鎌倉で久しぶりの再会を果たしお互いに会えなかった時間を埋めるようにたくさんの話をしました。

 ひとりは、ウユニ塩湖やタイのコムローイ祭など世界中と日本中を旅していました。
 ひとりは、来月結婚をすることが決まっていました。
 ひとりは、素敵なアトリエを構え自分でお仕事を作り出していました。

 あのとき、富良野でラベンダーに囲まれていた皆が、それぞれの時間を重ねて、それぞれの経験を積んでいるお話を聞くことが本当に本当に嬉しく感じました。

 人の重ねた時間や積んだ経験に、ひとつひとつ感動できる自分で常にいたいと思いました。

 そのなかのひとりの友人が、このブログのことを読んでいてくれて「私は、活字を読むことが苦手だけれど、彩さんのブログは最後まで読んじゃう」と話してくれました。実はそう言ってくれたのは初めてではなくて、この友人は私が北海道でブログを書いていたときも同じ言葉をかけてくれたと、今日やっと思い出しました。

 似たようなことが絵でもあって、最近大学で同じサークルだった後輩ちゃんが私のinstagramをフォローしてくれたのです。今でもたまに連絡を取るとか会うということは一切ないのだけれど、きっと「友達かも?」と出てきたのでしょうね。アドレスを登録したままだから。そのときに、ああ、この子はいつも私の絵を好きだと言ってくれていたな、と思い出したのです。

 忘れてはいけないことを、忘れるということはよくあります。人間だから。
 でも、忘れたくないな、と思うんです。できることなら。
 忘れていたり、そのときは気づかなかった他人への感謝を、きちんと思い出したいし、覚えていたいと思います。
 大げさなくらい感謝していたいと思います。

 こんなふうに言ってくれるあなたのために絵や文で何かを伝えているんですよ、とそのひとりひとりの存在を目の前にいるように感じながら、真摯なものを書いていきたいと思っています。

20170219/ age 22.1

Just me talking to myself 001

 今年の初めから、実は俳句結社の仲間入りをしています。「結社」という言葉には、何やら蠱惑的な魅力があるように感じるから、その魅力そのままにどんな結社なのかは伏せておこうと思います。ふふふ。

 穂村弘さんや木下龍也さん、それから山崎方代の短歌は大好きなのだけれど、俳句は未知の世界。又吉直樹さんやせきしろさん、その昔の尾崎放哉や種田山頭火の自由律俳句を少し読んでいるくらいで、まさか自分が始めることになるとは。

 前回の季題は「初夢」 。作った句を、自分のための備忘録として。

 

ヴィーナスに寄り添われつきさゆる夜

 

かの国で「ペチカ」は暖をとる魔法

 

初夢に真紅の花弁食んでみる

 

着膨れやアルプスの国の少女なり

 

 「彩さんって綺麗な世界観の人だなって絵を見ても句を見ても思ったよ」と参加者のおひとかたが感想をくれたのですが、自分ではそんなこと思ってもいませんでした。でも、その言葉をいただいて、それなりに自分で咀嚼してみたときに「文章と絵では、きれいごとばかり言っていたいのだろうな」と思ったのですよね。

 なんだか、童話や絵本の世界に近いのかもしれません。でも、童話もきれいなだけではないでしょう?実は残酷であったり、少しばかり艶やかであったり、そしてなんだか物悲しいものだって。小川未明宮沢賢治の世界観に似てるのかなぁ。

 …と、いろいろ考えたのですけれど、あまり言葉にするのはやめておきます。せっかく五七五の十七音や絵を描くことで世界を切り取っているのに、わざわざ言葉で説明することは野暮ってもんです。「言葉にできるは武器になる」けれど「言葉にできないことをそのままにしておいてもいい」と最近学んだのです。

 

20170203/ age 6.1

special thanks_ありがとうございました

 つい最近、お引越しをしました。
 その話は次回に譲ることとしますが、今回は1時間半電車通勤卒業記念「電車のなかで見たこと、考えたこと」をお話したいです。もう一生乗ることはないのでお話すると、私は神奈川県の藤沢駅代々木上原駅間の片道1時間を丸々電車に乗って過ごしていました。行きは始発なので1時間爆睡ですが、帰りはだいたい19:12の快速急行だとか、その後30分おきにやってくる急行藤沢行きなんかを利用していました。

 電車のなかでは、基本的に本を読みます。基本的にというか、絶対的に本を読んでいます。ですので、会社に今読んでいる本を忘れてきてしまった時なんかは大変で、青空文庫を急いでダウンロードして太宰治の『女生徒』を読んだり、電子書籍で『壇蜜日記』や『将棋の渡辺くん』なんかを買って読んだりしたこともあります。

 電車の中には、いろいろな人がいていろいろなことをして時間を過ごしています。ちらっと人間観察をしたりもしますが、電車内で人が何をしているかって大体次のうちのどれかに大別できますね。スマホタブレットを使っている人、寝ている人、同乗者とお話をしている人、本や雑誌を読んでいる人、そして何もしないでただ乗っている人です。新聞を広げる人や週刊誌を読む人は、今では本当に見なくなりました。私が高校生だった10年ほど前はまだそれなりの数の人がホームに列を作りながらこれらを読んでいたのに。

 その中でも、自分の職業柄(+嗜好上)どうしても本を読んでいる人は何の本を読んでいるのか見てしまいます。去年の秋頃、『銀河考古学』というむずかしい本を読んでいるお兄さん(年下なんだろうなぁ)がいて、こんなにも時めく学問があるのかと驚いてみたり。今日だって、ニュースの正しい受け取り方についての本を読まれている方がいました。

 でも、近ごろの電車内でいちばんよく見かけるのは、どうしたって「スマホを使っている人」です。わたしは、この人たちが何をしているのかも、ついつい見てしまいます。そうすると、大抵こんなことをしているわけです。

LINE
SNS(facebooktwitterInstagramなど)
ゲーム(特にぷよぷよみたいな丸を爆発させるやつ)
動画or音楽

 たぶん、スマホをしている人ってほとんどがこの中に入るのではないかなと思うんです。私は、この景色の異様さに恐ろしくなることがたまにあります。

みんなが、同じことをやっている。

なぜ、みな同じことをしているのか。なぜ、同じことをすることに無自覚なのか。

これは、私にとって、幼いころからの確実な違和感でした。人の真似は絶対にしたくないし、誰かに私の真似を絶対にしてほしくないと、小学校の低学年くらいから、すでに思っていた記憶があります。その原因とか、きっかけというのは覚えていないのだけれど、私はずっと「人と違う自分でいたい」という願望を抱き続けてきた気がします。これには、随分と苦しめられたし、今も苦しめられています。自尊心が膨れ上がって自分でもコントロールできなくなり、終いには自分を大切にできなくなり、知らないうちに自分自身を傷つけたりもたくさんしました(あっ、痛いことはきらいだから、比喩です。心を、ということ)

「人と違う自分でいたい」それは端的にいえば「自分を特別視していることになる」のではないかと、うんざりすることもありました。自分で自分を棚に上げて、斜め上から人々を見下す自分を想像して嫌になったり。さらにいえば、「人と違う自分でいたい」と思うのと同時に「どうして普通の人が普通にやっていることを私はできないんだろう」と思い悩むこともしばしばありました。今もあります。「何者でもない自分」を受け入れるとか「自分らしさ」なんて邪魔なばっかりだ、ということを最近よく考えます。

あらゆる方向から心ががんじがらめにされて、身動きのとれなくなってしまった私のような人間に有効なのが文学だったのだと思います。

 「考える」というのは、言葉を使って考えますね。だから、ずーーーっと悩み考え続けていると「自分の痛み」みたいなものが言語化できるようになっていきます。そして、その痛みのルーツや痛みをどう解釈をすれば楽になれるのか、ということが少しずつ言葉でもってわかってきます。

 そのあたりまで来たとき、文学は人に寄り添ってくれる。

 そして、言葉は武器になり、盾になって私を守ってくれる。

 太宰治が引用した『選ばれてあることの恍惚と不安とふたつ我にあり』とか、中島敦山月記に出てくる『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』とか、夏目漱石の『こころ』は、本当にしんどかった。苦しいぐらいに、知っている感情だったからです。

 でもね、それだけではないんですよ。

 人と出会うこと。どうしようもない自分だったときに出会ってくれた人たち。特に、わたしの場合は「なんとかしなくちゃ」という思いの中で絵を描き始めたり、シェアハウスに住み始めたので、そのときに出会った1人1人の存在は、本当に、とてもとてもありがたかった。「そのままのわたし」みたいなものを肯定してくれる人が、たくさんいたのです。このありがたさは、いくら「ありがとう」と言葉にしてみても足りないたぐいのやつです。しつこいくらいに、ありがとうって思う。ほんとうに、ほんとうに。

 本当はね、「ほとんどの人が同じことをしている時間に、自分にはどんな違うことができるか」というようなことを書きたかったのだけれど、そういう感じではなくなってしまいました。足りないものを求めることはかんたんにできるのだけれど、今あるものに「ありがとう」と思うことって本当になかなかむずかしいんです。
 だから新生活が始まった今、改めて言いたい。この数年間、やっと自立歩行ができるぐらいになったこの数年のあいだに、このどうしようもない私にたずさわってくれた皆さん、本当にありがとうって言いたい。本当に、本当にありがとう。

 私は、これからも本を読んだり、絵を描いたり、文章を書いたりして、人の役に立つものを生産し続けたい。そのために、まだまだがんばりたい。この数年、いつまでも「恩返しができない!」って、ずっと言っているけれど、どうか待っていてほしいです。
 幸せになります(笑)そして皆さんのこともできるだけ、ちょっとずつ幸せにしていきますので。私の力で。待ってて!

leading a book_007 他人の「まとわりつく思い出」を踏みにじらない

 明けまして、最初の手紙です。
 「更新頻度ではなくて、自分の言葉と表現を時間をかけて模索していく」がこのブログの目標です。

 次にブログに書きたい内容はもう考えていたのだけれど、せっかくだからそれに結びつく本を見つけたいと考えていたら、電車のなかで日能研の広告を見つけました。国語や算数、理科、社会などの難関中学入試問題が掲載されていて、見つけると思わず解かずにはいられなくなってしまいます(そして、たいてい解けません…)。今月は国語の問題でした。読みながら「既読感」を覚えたので「はてこれは」と思い、出典を見ると辻信一さんの『「ゆっくり」でいいんだよ』でありました。

 文化人類学者であり、環境運動家でもある辻さんは、環境NPOナマケモノ倶楽部」を設立したり、「キャンドルナイト」や「スローライフ」をキーワードに活動をしている人。悩み多きヤングアダルトを読者層に据えた「ちくまプリマー新書」から10年前に出版された本書を、就職活動中に私も読んでいました。世の中すべてに対して斜に構えた姿勢を貫きながら、ことごとくエントリーしていた会社に落ちてゆく当時の私の読書記録はとても辛辣で、

 「今、与えられているものをすべて否定して、明日からスローライフを実践します、というのは到底無理。実際、どうすればいいのかも書かれていないし。ただ、まだお受験や習い事に忙殺されている子どもたちには、新しい価値観を植え付けてくれるだろう。参考のひとつにすべき一冊。」

 と(笑)なんともえらそうな。私は、昔の私自身をアイロニーをたっぷり込めて「クズ」と表現することがままありますが(そうすると当時の仲のいい友人はケタケタ笑います、本当にだめな人間だったのです)、読書の醍醐味は、こういうところにありますね。つまり、同じ本を違う時代の自分が読むことによって、新しい感想が持てるということです。

 今回、この本のどこが入試問題に使われたのか。宣伝をするつもりではないけれど、実際の問題を読んでいただくのが一番早いのかもしれませんので、ぜひ、ご覧ください。http://www.nichinoken.co.jp/shikakumaru/201701_ko/

自分にとっての宝ものとは何か。

 正直な話、このお話を小学6年生の子どもたちが読んでも、どんなに頭のいいお子さまでも、あんまりピンと来ないのではないかと思うのです。「お金」というモノサシは、ものごとの価値を図るためには便利すぎる道具のひとつではあるけれども、決してそれは「絶対」ではない。ものごとの価値は、「そこにまとわりついている思い出や、そのモノの中に何かのついでにそこからにじみでるすてきな時間」こそがその理由なのではないか、ということを文章を読んで理解するのではなく「実感」できる小学生って、相当に大人びているなと思います。私は、子どもの頃にじゃじゃまる・ピッコロ・ポロリのソフビ人形を何度もどこかに落としたり、なくしたりしましたが、新しいものが見つかればそれで満足していましたし、お小遣いは貰えば貰うほど漫画や本に注ぎ込んでいました。

 「本当に大切な宝物」が、どんなものかを知ったのは本当につい最近のことです。

 どんなものかが分かるようになるには、その前段階がありました。ひとつは、いくらお金があって欲しいものが買えても、幸福感が満たされることは一生ない、むしろお金はほどほどにあればいいということを知ったこと。ふたつめは、自分はとてもたくさんの人に支えられて生きているんだな、ということを知ったこと。それから、自分には「(まぁそれなりに)しんどい経験をしたこと」もひとつヒントになったのだと思っています。

 このあいだ、こんなことがありました。

 わたしは、好きなものを吹聴するくせがあります(理由はかんたんで、言ってると引き寄せられるからです)。だから「西加奈子さんの作品が大好き」とさまざまなところで言います。西加奈子さんを尊敬していて、西加奈子さんに救われています。西加奈子さんの本を読んでいなければ、私はこの業界に入っていません。だから、何度も言うけれど、ファンと作家ではなくて、人と人としてお会いしてお話がしたいし、きちんとお礼が言いたいなと思っています。それだけ、大好きな、大好きな作家さんです。

 でも、いつも心がけていることがあります。それは「おすすめを強要しない」ということです。

 私にとって、西加奈子さんの作品は、それだけの思い出があるのだけれど、他の人にとってそうなるとは限らない。だから、私は「絶対おすすめ!ぜひ読んでみて!」とは絶対に言いません。それでも、興味をもって読んでくれる人がいます。そのとき、同じように肯定的な読書をしてくれた場合は、どんな感想でも聞かせてみせて!と思います。嬉しい、良かった!と思います。でも、この間はこんな風に言われました。「西加奈子を読んだけれど、強すぎて、二度と読まないと思う」というようなニュアンスだったと思います。もう、私は、ショックすぎて、忘れました(笑)そのとき、久しぶりの感情がやってきました。「あぁ、自分の大切にしている人のことを悪く言われると自分のことのようにつらいんだな」と。

 例えば、私にはミュージカル俳優を目指している友人がいますが、その子がどれだけミュージカルが好きで、踊ることや歌うことに夢中になっているか、そしてミュージカルという「心から打ち込める何か」出会うまで、そしてもちろん出会ってからも彼がどれほどの努力をしているかということを私は知っています。そんな友人にわたしは「わたし、タモリさんと同じでミュージカルはどこがいいかさっぱりわからないんだよね」なんて言いません。言えませんよ。だって、「私がミュージカルを好きか、嫌いか」なんて、全く必要のない情報ですもの。私たちは「ミュージカルは是か非か」のディベートをしているのではありませんから。「自分の意見を殺す」こととはこの場合、少し違うなって思うんです。

 それを言ってしまったとき「友人はどんなふうに思うか」というところまで、私は考える余地は持っていたいと思っています。そういう「空気の読み具合」は必要だなって思っています。もちろん、「あなたはそう思うのね、でも私はこうなのよ」とうまく感情を切り盛りできる人は、いるでしょう。でも、私はそうではありません。だから、私も彼の思い出という価値観を踏みにじってまで、自分の意見を言う余地は自分にはないと思うんです。

その人が大切に思っているものごとには、その人にしかない「そこにまとわりついている思い出やにじみでる時間」があることを、絶対に忘れたくないと思います。それだけは、絶対に忘れたくないです。否定する権利もありません。

私が、「彩ちゃんには、普段話さないことを話してしまうわ」とか「聞き上手だね」と言われるのは、ちょっとだけ、こういう理由があるのかなと、ちょっとだけ、思っています。

leading a book 006_今年、私の血肉になった本たち(後編)

今年最後の更新。2016年に出会った本を忘れないための備忘録。誰かに届きますように。

4冊目 佐々涼子『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』

 9月に北海道へ行った際に、富良野の宿で見つけた本。思わず手に取りベッドの上で熟読しすぎたため、同部屋の宿泊者からの「明日の予定は決まりましたか?」という質問をシカトしてしまうというハプニングがありました(すみません)。国際霊柩送還士とは、日本国内で死亡した外国人や、日本国外で死亡した日本人の遺体(時によって遺骨)に適切なエンバーミング(遺体処置)を施し、祖国に送り届けることを仕事にする人々のこと。正直、読むことは相当に苦しい類の本でありました。

 就職活動をしていたとき「東京仕事百貨(当時)」のナカムラケンタさんのお話を聞く機会があり、そのときにナカムラさんが「世の中にはこんな生き方や働き方があるんだ、というボキャブラリーを増やすことが大切」とおっしゃっていたことが、今でも脳裏に焼きついています。それ以来、わたしは「多様な仕事があるということを知る」ように努めるようになってゆきました。グローバル化が進み、あたりまえのように人々が国から国へと行き来する時代。それだけに、海外で命を落とす人々の数が増えている事実には決して抗うことはできません。そんな時代に、このような仕事に従事する人々が存在するという事実を知ることは、私たちの義務であるようにも感じています。これを読んでからというもの、海外での凄惨なニュースを耳にした時、必ず彼らのことを考えるようになりました。彼らの仕事と、このノンフィクションを書き上げた著者に敬意を表して。

 

5冊目 井上理津子『最後の色街 飛田』新潮社

 前述の霊柩送還士や納棺士といった死を扱うお仕事と共に、性を扱う仕事には大きな関心があります(「興味がある」という言い方をして失礼ではないのでしょうか。言葉はむずかしいです)。性と死にまつわるお仕事は、私から最もかけ離れたところにあるものだからです。

 飛田という色街を、ほとんどの方がご存知ないでしょうし、このような場所を知らなければならないという義務も正直ないと思います。ただ、私は自分とは決して交わらない人生を生きている他人への関心が人一倍強いのです。なぜ、彼女らはこの特異すぎる土地に住まい、体を売って生きてゆくことを選んだのか、選ばなければならなかったのか。それは、日本という国がいかに多層的な社会を形作っているのかを知ることでもありました。と、同時に「興味本位」にこの街について知ろうとすることが、どれだけ愚かなことなのかも身にしみて感じる読書体験にもなったのです。

 もともと、私がこの街を知るきっかけになったのは京都の大学に通っていた学生時分のことで、当時お世話になっていた方に飛田にある(ただ唯一の本当の)お料理屋さんに行かないかとお誘いを受けたことでした。結局、私が体調を崩してしまいこのお約束はないことになってしまったのですが、今でも大阪という土地に想いを馳せたとき、(それが良いことなのか悪いことなのかはひとまず片隅において)あの明け透けで闊達な「むっちゃおもろい」大阪の裏っかわに、実は墨色のような闇がじっとりと沈殿していることは、いつでも頭をよぎります。

 

6冊目 原田マハ『リーチ先生』集英社

 原田マハさんの「読む美術館」。『楽園のキャンバス』『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』と読んできましたが、私自身が西洋美術のなかの、とりわけ印象派周辺の人々に実はあまり関心がなく、その上しばしば比較されがちなピカソゴッホでいうのなら「ピカソより普通にゴッホが好き」(永野さん)だったので、大きな読書体験に至りませんでした。しかしながら!今回マハさんが描かれたのは陶芸家バーナード・リーチとその仲間たちでありました。これが、私にとって、大好きな、大好きな人たちであったのです。日本の美術史上、最も興味のある場所と分野といっても過言ではありません!柳宗悦民藝運動武者小路実篤志賀直哉といった白樺派との交流、濱田庄司や藤本憲吉、河井寛次郎といった日本の陶芸界の先駆けらとの友情。そして、弟子である森田亀之助との師弟愛。バーナード・リーチの陶芸にかける熱い想いと、師としての確かな優しさ、そして作中での物腰柔らかな語り口。まるで、リーチ先生に実際お会いしたかのような錯覚を覚えさせてくれました。「史実」としてしか知らなかったリーチ先生に、マハさんが命を吹き込んでくれました。

 作中の実在した芸術家とそれに関わる人々を、こんなにも生き生きと描くことができるのは、学芸員であるマハさん自身がアートを愛しているからに他なりません。マハさんの物語は、マハさんにしか描けない。これからも、きっとずっと読み続ける作家さんです。

 

 今年の読書傾向は、いつもとは全く異なる様相を呈しました。印象に残った6冊のうち、3冊はノンフィクション、1冊は自伝、1冊は事実に基づくフィクション。この事実は、何を示しているのかしらと自分の読書傾向を考えてみたとき、

 

事実は小説より奇なり

 

というフィクションの限界に行き着いてしまったのかなという感じがします。私は、実在した人間のドラマに、何より興味があるのだと。

 

同じ時代を生きた人

違う時代に生きた同じ国の人

違う時代に違う場所で生きた人

 

 どんな人でもいいから、実際にその人が存在する(した)という事実は、私をしっかりと鼓舞してくれます。全身全霊をかけて何かを愛したり、人生を賭して何かに挑む人を知ることができるのは、ひとりにつき1回限りの人生の中で、他人の人生をオーバーラップできる読書のこの上ない喜びの一つです。 

 来年は、どんな本が読めるのでしょうか。そして、どんな本をお伝えできるのでしょうか。明日からの一年がとてもとても楽しみです。

 

20161231/age 1.8

leading a book 006_今年、私の血肉になった本たち(前編)

 昨日が仕事納めでありました。社会人になってからの過去3年間は、年末年始休みなく働いていたので、こんなにも「年の瀬」を強く感じたのは、初めてのことです。さらに、驚くことに今日は2016年になって、初めての「予定のない休日」でした。恐ろしいことです。働き続けた2016年でした。

 結局、お世話になった人へ前日夜な夜な手紙を書いたせいか昼過ぎまで眠り続け、あてもなく本屋さんへ行き(エル・ジャポン最新号が読書特集だったため購入!)、喫茶店をはしごして、今こうして文章を書いています。「喫茶店で文章を書く」というシチュエーションにちょっぴり酔いしれながら(これが原稿なら、格好がつくのですけれど)。

この時期になると、今年の総括と来年の目標と共に「今年、影響を受けた本」について考えることにしています。こちらを前後編として、今年最後の更新とさせていただきます。誰かに届きますように。

1冊目 大崎善生『聖の青春』講談社

 29歳で夭折した天才棋士村山聖の生涯を描いたノンフィクション。村山棋士の存在は、かれこれ5年も6年も前に羽海野チカさんの『3月のライオン』を読んだときから存じ上げていたのだけれど(二階堂坊っちゃまのモデルは村山棋士だからね!)、映画公開にあわせて原作を拝読。彼の生き方は、私の陳腐な言葉の羅列では到底伝えきることができません。こんなにも美しく、気高く生きた人を他に知りません。今年、私に最も影響を与えたのは紛れもなく村山棋士でありました。
 この本を機に、私は将棋世界へとのめりこんでいくことになります。将棋アプリや子ども向けの将棋本を片手にルールを覚え、羽生善治三冠の『直感力』『決断力』『大局観』『迷いながら強くなる』、森内俊之九段の『覆す力』、将棋連盟推薦の『将棋に学ぶ』を熟読。渡辺竜王のブログやひふみん加藤一二三九段)のtwitterをフォローし、橋本崇載八段や佐藤紳哉七段の爆笑動画を何度も見る。最終的に、この間の竜王戦最終局をBGMにしながら仕事をしていた自分に、客観的に少し呆れました。ハマると危険、という自分の「研究者気質」が久しぶりに滲み出てしまいました。今日だって、「祖母と共にプロ棋士の将棋講座に行って思いがけず講師が佐藤紳哉六段で照れ隠れる」という夢を見ましたし、その数日前には「森内俊之九段が襖を少しだけ開けて私を手招きする夢」を見たのです(会いたくて仕方がないのでしょう)。ただ、対局をしたいという気持ちはないのです。私が心から惹かれるのは、「将棋」ではなく「棋士」その人の将棋に対する向き合い方だとか、生き方だから。彼らの人間としての深みから学ぶことは多くありますが、(特に同年代の人々に)伝えきれないことが多く悔しいばかりです。

2冊目 西加奈子『i』ポプラ社

 西加奈子さんの本は、私にとって常に特別です。西さんと同じ時代に生きて「新刊が待ち遠しい」という境遇を得られることは、このうえない喜びです。だけれども、彼女の物語は、ある意味とても読むことが苦しいんです。素手で心臓をぎゅっと鷲掴みにされるから。「それが西加奈子の苦手な理由なのだ」という人の意見も、私は甘んじて受けます。でも、もったいないなと思うのです。あぁ、耐えられないのか。この美しさを、と思い(よくないことだとはわかってはいても)「西さんの物語を理解できるかできないか」で無意識に線引きをしてしまう自分がいます。「人間には2種類いる。西さんの物語を理解できる人と、できない人だ」なんて。よくないことですね。
 西さんの物語は必ずハッピーエンドなのです。私は、本を読んだ直後に感じたこと(読後感)を忘れないようにメモをとるようにしているのですが、今回は「光の渦に飲み込まれるような恍惚感を読後に与えてくれるのは、西さんだけ」と書いていました。本当にその通りだと思います。
 2011年3月11日以来、私はとても苦しみました。日本人のほとんどすべての人が何らかの形で被災するなか、私「だけ」はスウェーデンにいて、何の不自由もなく日々を過ごしていること。「なんで私ではなかったのだろう」という気持ち。世界で起こる事件の死者の数をノートに書き込み続けるアイちゃんの行為は、異常だと思う人がほとんどかもしれないけれど、私にとってはものすごく身に覚えのあることでした。私が毎年3月11日には新聞を数紙買って、あのときの事実を絶対に忘れないようにしていることの意味を、西さんは肯定してくれた気がします。いつかきちんと、ありがとうを伝えなければならない人です。私はそのために今の仕事をしているともいえます。

さかなクン『一魚一会〜毎日夢中な人生〜』講談社 

 何かが大好きだという気持ちは、いかなる他者にも止める権利がない、ということ。こちらは、すでに書評を書かせていただいておりますので興味がありましたらご覧いただけるととても嬉しいです(「お魚と心中する道を選んだ男朝日新聞デジタル)。
 この書評を書いて、アトリエ(絵画教室)に通う大切なお友達がすぐに本を手に取ってくれました。本当に嬉しかった。私が、本に携わる理由って、ただそれだけなんです。自分を救ってくれた、たくさんの本への恩返しは、もしかしたらあなたが自力では辿り着けなかったかもしれない「あなたのための本」を私をはしごにして「あなた」に届けることなのだと、そう思っています。だから、今回は「届いた」という事実がとても嬉しかったのです。自分の大好きな本を紹介できることそれ自体も、とても光栄なことだけれど、それを読んだ誰かの心に何かがポツリと一滴落ちること。生きる上での秘密のエッセンスのような何か。今回は、それがたった一人にでも与えられたなぁという実感がありました。

本当は、1回でまとめきるつもりだったのですが、原稿用紙10枚を超えてしまったので続きは後編に。おやすみなさい。

20161229/age 29.6 shingetsu

leading a book_005 思ってもいないこと言うな

 オードリーの若林さんの考え方がとても好きだ。特に、この間テレビ番組で「バカだから本読んでるのに」と言ってくれたのには唸った。その「バカ」の使い方がとてもいいな、と思ったのだ。「バカだから本を読んでるのに、何のバカかばれたくないじゃないですか。頭いい人は、本読まずにフェスとか行って、楽しく人生送れるじゃないですか。それができないバカだから、本読んでんのに」。そうなんだよなぁ、と思う。本なんて読まなくたっていいんだ。バカでなければ。

 cakesというwebメディアがある。「今」を映したおもしろい記事が多いので、お金を払って読んでいるのだけど、そのなかに作家の平野啓一郎さんとダイノジ大谷さんの対談が掲載されていて、若林さんのことがチラリと触れられていた。自身のラジオ番組に平野啓一郎さんを呼んだきっかけというのが、とある番組会議で若林さんが平野作品に「救われた」と言っていたことだったという大谷さん。

彼はグルメ番組のリポートをしたくても、「おいしい」ってひと言がどうしても言えなくて、その仕事を受けられなかったと言うんです。なぜかといえば「何かを食べて実際においしいって言葉を発したことがそれまでなかったから」と言うんです。だけど、平野さんの作品を読んで、「そういうことを口にできる自分もいるはずだ」という感覚になれたというので、面白いなと思ったんです。

この話、「オードリーのオールナイトニッポン」でもいつだかしていたなぁ、と思う。ラジオもよく聞いている(かなりファンだ!)。若林さんの著書『社会人大学人見知り学部卒業見込み』にも「高級料理=幸福。論」というエッセイがあった。

​グルメ番組で高級料理のレポートをするとき、予定調和的に「おいしい」と言わなければいけないことへの違和感。自分がそこで「おいしい」ということで、20代のお金がなかった時代に培った舌の感覚だとか、「高級料理を食べられるから幸福だというわけではない。むしろもっと大切なものがありますよね」という価値観だとかを否定しなくてはいけない。でも、仕事なんだから、嘘でもいいから、うわべだけでもいいから、「おいしい」と言えば、全部丸く収まるのだ。たったそれだけ。「おいしい」と言うこと。でも、言えない。
 
 若林さんのこういうところが、本当に好きだ。

 つい最近、わたしもそんなことがあった。取引先とのやりとりの中で先方の要望が徐々にエスカレートしていったときのこと。まるで、自分たちの意見は何でも受け入れてもらえるというような、明らかな上下関係みたいなものが生まれつつあった。その過程で「そんなに怒られないといけませんかね」と思うようなメールを向こうが送ってきた。白黒はっきりつけたがり、さらに面倒なことに自分の気持ちに嘘をつけないいつもの私なら「そこまで言うのであれば、もうお取引は不要です。さようなら。」と吐きつけてしまうところを、今回の私は、耐えた。「私の確認不足でございました。申し訳ございません。云々。」と徹底的に下手(したて)に出て事を穏便に済ませることに成功した。

 ただ、このときの私のストレスレベルは「最強」だった。バイクのエンジン音を静かな夜道にとどろかせる人たちと遭遇するくらいのストレス。これだけ思ってもいないことを言うのは久しぶりだった。本当に乾いた言葉。何の意味もない(あったのか?)。冷たいとか、熱いとかの温度もない。くだらない言葉。

 このメールを送信したとき私は「あぁ。私もオトナになったなぁ」と思った。思ったと同時に、激しい嫌悪感を覚えた。この違和感は初めてではない。むしろ、大学生のときのアルバイトをしていたころからずっと、ずっと、感じていたこと。

これがオトナなら、オトナって何なのだ?

耐え忍ぶことがオトナなのか。自分に嘘をついて、その場を取り繕うのがオトナなのか。そうやって、いろいろな理不尽に立ち向かう対価が、給料なのか。仕事のやりがいなのか。どうしてこんなことを、みんな、平気でやっているのだ。どうして。


 若林さんに話を戻すけれど、去年の「オードリーのオールナイトニッポン」に西加奈子さんがゲストに来たことがある。そのとき、西さんは若林さんのことを「不良」と形容していた。

「いや、それってなんでそうなったか?って、なんて言うの。ふてくされているからふてくされているんじゃなくて、すごいまっすぐな性格やから、ふてくされてまう子っておるやん?その感じ、(若林さんには)すごいすんねん。避けれたことに全部ブチ当たっていってて。」

 例えていうなら、西さんの中学校時代の同級生。「数学を教えて」と西さんに請うてきた男の子は、「三角形の内角の和が全部合わせると180度になる」ということが「わからなかったの」だそうだ。それは、ただの「わからない」なのではない。根本的に、知りたいのだ。180度になる、その理由を。クラスでも問題児扱いされているその男の子が、「全然アホなんかやない!」と思って感動したというエピソード。若林さんもそれに似ているという。

 1+1=2を「どうして2になるのかわからない」と立ち止まる人はなかなかいない。でも、時々そういう人がいて、そういう人は「なんでこんなに考えなくちゃいけないんだろう」と自分で自分を責める。不器用なのだ。有り体な言葉で言えば。なんで仕事だからといって「おいしい」と言わなければならないんだろうとか、なんでことを穏便に済ませるために思ってもいない「ごめんなさい」を言わなければならないんだろう、とか考えてしまう。

でも、それを「すごい才能だよ」と認めてくれる人がいる。そして、あるときふっと救われる。

と、思ったけれど今日のこの記事で紹介した文章だって、多分に嘘と誇張は盛り込まれている。だって、忠実に話したら、どの会社の誰のことかわかってしまうから。でもこれは、誰かを特定されないための、優しい嘘だと思いたい。あのときの、ごめんなさいとは、別の種類の。

20161229/age26 ariakezuki